想いと想いは……
著者:高良あくあ
*悠真サイド*
「……お化け屋敷って……」
もうすぐ順番が回ってくるというところで、俺は呟いた。
「あら、デートなら定番じゃない、お化け屋敷。春山さん達の選択は至って普通だわ」
「確かに定番ですけど……さっきのジェットコースターの後に乗るっていうのが凄いです」
紗綾も嘆息。海里は苦笑する。
「侮れないね、あの二人。……と、次かな」
その言葉の通り、そのすぐ後に中に入る。
ちなみにここは迷路になっていて、中は当然かなり暗く、お互いの顔も良く見えない。春山さん達に見つかるといけないから、とあまり話をせずに歩いていたのだが……
「……あれ?」
入ってからすぐ、気付くと部長と海里の姿が無かった。隣で紗綾もきょろきょろと周りを見ている。
「は、はぐれてしまったんでしょうか」
「みたいだな。まぁ、とりあえず出口に向かおう。運が良ければそこで合流出来るだろうし、会えなくても外なら携帯使えるし」
ちなみに中じゃ使用禁止、と入り口に書いてあった。
「そうですね、そうしましょう……あ、あれって春山さんと彼氏さんですよね」
紗綾の指差した方向を見ると、確かにそれらしき二人組が見えた。
「よし、追いかけるか」
「ええ……きゃっ!?」
「うわっ!?」
紗綾が突然悲鳴を上げ、しがみついてくる。
すぐに顔を赤くし、俺から離れる紗綾。
「す、すみませんっ!」
「いや、良いけど……どうしたんだ?」
「いえ、その……」
紗綾が横に視線を向ける。
見ると、明らかに『怖がれ!』と言わんばかりのグロい見た目をした妖怪的なものが歪んだ笑顔で佇んでいた。
まぁ、百パーセント作り物だろう。こんなところに本物が出ちゃったら大パニック必至である。というか、遊園地のお化け屋敷でここまでリアルなのはいかがなものかと思うのは俺だけだろうか。小さい子供が見たら泣き出すどころかトラウマものだろう。
「なるほどな……でも、紗綾ってこういうの苦手なのか?」
無理に入らせるなんて悪いことしたかな、と思ってそう訪ねると、紗綾は首を横に振る。
「いえ、今は平気です。ただ、突然だったので驚いちゃって……」
「なら良いけどな。……まぁ、よく考えれば夏に百物語もやったしな。あれも怖い話とか苦手だったら出来るわけないか」
「はい。ジェットコースターとかと同じで、昔は苦手だったんですけどね。段々平気になってきました」
「そっか……『段々平気に』って言えば、部長の滅茶苦茶な発言もそうだな。あれにまで慣れる必要は無いんだぞ?」
「いえ、あれは……慣れなきゃやっていけないじゃないですか」
苦笑する紗綾。
「確かにな……百物語のときもさ、有栖川先輩のことは半ば脅迫して参加させたらしいぞ。もういつものことすぎて突っ込む気にもなれなかったけど」
「部長さんなら犯罪行為すら許されそうですしね……」
実際、校内で怪しい薬を調合するのは許されているわけだし、うちの部自体が部長のワガママで作られたようなものらしいからな……
しばらく話をしながら歩いていると、やがて前方が明るくなっていることに気付く。
「あ、出口だ」
「え? ……あ、そうみたいですね。終始話してばかりでしたけど」
「思ったけど、お化け屋敷って周りを見回しちゃうから怖いのかもな。実際俺達、話に夢中だったし」
それはそれで、何のために金を払ったんだという気もするが。
そんなことを話しつつ外に出てみると、いきなり目の前に部長が現れた。
「やっと出てきたわね」
「うわっ!? お、脅かさないでくださいよ!」
「勝手に驚く方が悪いんでしょ」
反省した様子も無く笑う部長。うん、最近この無茶苦茶な理論にも慣れてきた俺がいる。まぁ、よく考えればもうすぐ入部して一年だしな……
「そ、それで先輩。早く春山さん達を追わないと、見失いますよ」
海里が話を仕切り直す。部長が首肯。
「それもそうね。まったく、悠真と紗綾が出てくるのが遅いから」
「わ、私達のせいですか!?」
会話をしつつ、また列に並ぶ。春山さん達の次の次くらいに回ってきそうなところに。見つからないのはまぁ、上手く隠れているからである。
並びながら何のアトラクションか見てみると、
「観覧車か……春山さん達、これで最後にするつもりかな?」
海里のセリフ。ああ、確かにラストっぽいな。雰囲気出るし。
『!』
観覧車、と聞いて女子二名が顔を上げる。
そのまま火花を散らし始める部長と紗綾。な、何があった?
「観覧車、ねぇ……折角だし、最後くらい男女二人ずつで乗りましょうか」
「そ、そうですね。最後ですし。じゃあ、公平にじゃんけんか何かで決めましょう」
「あら紗綾、貴女、さっきお化け屋敷でずっと悠真と一緒だったでしょう? 随分楽しそうに話していたじゃない」
「き、聞いていたんですかっ!?」
「聞こえただけよ。貴女達とは通路一本分くらいしか離れていなかったみたいね。だから次は私の番よ。紗綾も言ったばかりよね、『公平に』って?」
「うぅ……し、仕方ありません。でも、抜け駆けは許しませんからねっ!」
「抜け駆けって……例えばどんな?」
「えっ!? そ、それはっ、その……」
紗綾が顔を真っ赤にする。
というか、
「何で二人ともこんなに白熱しているんだ?」
「……うん、何と言うか、良かったね悠真」
訪ねると、親友からはかなり投げやりな一言が帰ってきた。
「良いのかこれは」
「さぁ? ……ところで、そろそろ順番回って来ますよ」
「ああ、そうね。そういうわけで私と悠真、紗綾と海里で」
***
「……」
「…………」
「………………」
「……………………ちょっと悠真」
「は、はい?」
怒りの篭った部長の声に、思わず顔を上げる。部長は怒りを隠そうともしない表情で言葉を続けてきた。
「何でそう黙っているのよ?」
「いえ、下手なこと言ったら何されるか分かりませんから」
「安心しなさい、流石に私もこんな公共の場所で実験をする気は無いわ」
「公共の場所じゃなかったらするんですね……」
「そうね、それは否定しないけど」
否定してほしかった。
「でも、じゃあ何で男女二人ずつなんて言い出したんです? それも紗綾を言い負かしてまで俺と」
「……悠真は少し女心について勉強するべきね」
「はい?」
思いもよらない返答に首を傾げる。何というか、むしろ部長の口から女心なんて言葉が出たことに驚きなんだが。
いや、もちろん部長が女子なのは分かっているし、世間一般で美少女と称される容姿の持ち主であることも十分理解してはいる。けど、普段から実験台になれと追い掛け回されていると、もう『こっちに迷惑を掛け捲ってくる先輩』という認識になってしまっているわけで。
そもそも入部からして強引だったし……あれ? そうしたら俺、何で退部していないんだ? いや、最初のうちは毎日のように退部させてほしいと言っては問答無用で駄目を言われる日々を送っていたはずだ。あの頃は部長との仲も本当に険悪だったし……え、でも今はそうでもないよな? あの頃みたいに退部させてほしいとも言わなくなったし、そもそもこの頃じゃしたいとも思わない。
……何でだ? 今だって十分部長に迷惑かけられているはずなのに……
考えれば考えるほど、頭の中がごちゃごちゃになっていく。ええと、俺、確か言われたよな? 『退部したいならしても良い』って? でも結局退部はしなくて……あれ、何で退部しなかったんだ、俺? ええと、確か部長が思っていたほど嫌な人でも無くて、むしろ良い人なんだってわかって……
でも、それでもあれだけ迷惑かけられているんだぞ、俺?
「どうしたのよ悠真、急に黙り込んで」
「いえ……ちょっと自分が何を考えているのか分からなくなりまして」
「何がよ? ……まぁ、良いけど」
一度訝しげな表情をした後、ぼんやりと外を眺める部長。
そこで、違和感に気付く。
「……何か大人しいですね、部長」
「大人しいって何よ、人を猛獣みたいに」
「いえ、いつもより迷惑度が少ない感じがして」
「とことん失礼ね。……私だって、悩みくらいあるわよ」
再び部長の声のテンションが下がる。それも、表情は殆ど変えずに。
「悩み、ですか? 俺で良ければ、聞くくらいは出来ますけど」
「…………別に。そこまで大したことじゃないわ」
嘘だな、と何となく分かった。
何というか、本当に『大したことじゃない』なら……部長がここまで悩んだりはしないだろうな、と。
「それに、これは多分、私が自分で決めなきゃ意味無いのよ」
「……よく分かりませんけど、頑張ってください」
俺のその言葉を聞いて、ようやく部長はいつもの笑みを浮かべた。
「そんなこと、悠真に言われるまでも無いわよ。……そろそろ地上に着くわね」
*紗綾サイド*
私達の一つ前のゴンドラに、悠真君と部長さんが乗り込む。
思わずそっちを見ていると、灰谷君……いや、今は普通に呼んで良いか。海里君が面白そうに見てくる。
「やっぱり気になるんだ」
「当然ですっ! あ、でも、海里君とも色々話しておきたかったのでちょうど良いと言えばちょうど良いんですけど」
「ま、それもそうだけどね。……とりあえず乗ろうか」
次にやってきたゴンドラに乗り込み、息をつく。
「……で、悠真はどう? 思い出しそう?」
海里君の問いに首を横に振る。
「いいえ……それどころか、部長さんに取られそうで怖いです」
「さっきのお化け屋敷では? 何か話とか、しなかったの?」
「……それなんですよね。いえ、今日だけじゃありませんけど」
例えばこの間……悠真君とデート(なのかな?)して手を繋いだりしたときも思ったことだけど。
「昔と同じようなことをするたびに……私は懐かしく思うことでも、悠真君は覚えていないんだなって。ちょっと、寂しく思ってしまうんですよね」
「ああ、まぁ、分からなくも無いけど」
苦笑する海里君。
「もちろん入部してもう半年以上ですし、悠真君の態度も段々昔のそれに近くなってきていますよ。でも、だからこそ余計に寂しいんです。インターハイのときだってそうですよ、どうして私のことだけ思い出してくれないんですか。殆ど毎日会っているのに」
「……なるほどね。君が先輩と悠真が二人きりって状況にそれほど反対しなかったのは、僕にそれを愚痴るためか」
「はい、海里君くらいしか愚痴る相手がいませんから」
首肯する。
……まぁ、悠真君達も気にならないといえば嘘になるけど。抜け駆けは禁止って言ったけど、それを言ったらこの間手を繋いだのは……あう、でもあれくらいなら昔はよくしていたし……
「気持ちは分かるけど、とりあえず愚痴るか黙るかどっちかにしようか紗綾ちゃん」
「う……すみません」
観覧車を降りたとき、悠真君と部長さんも考え込むような表情をしていたのが少し気になった。
もっとも、私達と合流すると二人ともいつも通りに振舞っていたから、確信は持てなかったのだけど。
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